桑原嶽『乃木希典と日露戦争の真実』(PHP新書,2016年)は,同『名将 乃木希典(第五版)』(中央乃 木会,2005年)を復刊したものです。

内容は,『名将~』と変わりません。
それでも,入手しやすくなったのは大変価値があることだと思います。

目次は以下のとおりです。

    • 「坂の上」のはるか彼方に――よみがえる名将・乃木希典の実像(中西輝政*1)
    • まえがき
    • 第1章 若き乃木希典――生誕から西南戦争まで
    • 第2章 欧州留学と日清戦争
    • 第3章 台湾総督,そして那須野ヶ原での閑居
    • 第4章 旅順要塞を攻略せよ
    • 第5章 黒溝台会戦と奉天会戦
    • 第6章 日露戦争の終結とその後の乃木希典
    • 第7章 伊地知幸介論
    • 第8章 乃木庸将説を究明する
    • あとがきにかえて
    • 復刊に寄せて(加藤司郎*2)
    • 参考文献

内容としては,日露戦争における乃木希典(第3軍)の活動につき,一方において乃木希典を低く評価し,他方において児玉源太郎を高く評価した司馬遼太郎の見方に対する反論です。
特に,第4章の旅順攻囲戦に関する記述が充実しています。
『乃木希典は,単純な突撃を繰り返して徒に死傷者を増やした』という風説が誤解であり,むしろ時間をかけてでも味方の損害を減らし,ここぞという場面で敵軍に消耗を強いるという合理的な戦術がとられたことを繰り返し述べています。

あとがきには,著者・桑原が司馬遼太郎と直接討論したエピソードが紹介されており,大変興味深いものとなっています。

また,乃木希典とともに,司馬遼太郎によって「愚将」とされてしまった伊地知幸介についてもフォローされています。
伊地知についてフォローした書籍は少なく,この部分だけでも一読の価値があるかと思います。

なお,『大山巌が児玉源太郎に第3軍の指揮権を与えるという書簡を書いたこと自体,非常識で事実かどうかも疑わしい。』という批判は,復刊前と同様,記載されています*3。

大山が児玉に指揮権を与えた書簡を書いたなどということは,軍事上の常識からもあり得ず,巷間の俗説として一笑に付してもよいのである。

しかし,満州軍総司令官・大山巌が,総参謀長である児玉に対し,第3軍の指揮権を委ねる旨が記載された「総参謀長派遣に関する訓令」*4が存在しています。
桑原氏の上記見解は,誤りであると思います。

このことに関して,記述は修正されていません。注記・注釈の追加もありません。修正していない理由も不明です。
この点は,乃木愚将論の大きなエピソードに関する論点だけに,やや残念です。

ただし,桑原氏は,上記引用の直前において,より本質的なことを述べています*5。これこそが,司馬氏に対する最も強力な批判であり,上記修正がなくとも本書の価値は正当に評価されるべきものと思います。

事実,田中の回想にもあるごとく,児玉は遠慮なく乃木に発言し,伊地知以下の乃木の幕僚をところかまわず怒鳴りつけたのである。しかし意見をガミガミ言うことと,指揮をとることとは,見た目は同じであっても,本質的に全く違っているのである。

*1:京都大学名誉教授

*2:乃木神社・宮司

*3:本書302頁

*4:陸軍省編『明示軍事史 下』1447~1448頁所収

*5:本書302頁